2007年12月6日
その日俺はカンボジアのシェムリアップという街にいました。
世界遺産『アンコールワット遺跡』の入り口であるシェムリアップに滞在して実に6日目。
アンコール遺跡群観光し終え、次の日にはタイのバンコクへ向かう。
この日はシェムリアップ滞在最後の日でもあった。
旅の途中のベトナムで聞いたシェムリアップの孤児院の話。
孤児院の子供達に、旅行者が入れ替わりで日本語を教えているという。
行きたい気持ちはあっても、そこへの足は滞在中ずっと重かった。
理由はただの日本人の旅人でいる程度で、孤児院の門を叩いてよいかがわからなかったからだ。
けれど滞在最終日というのもあって思い腰を上げ、数人を誘って孤児院へ行きました。
誘ったのは3人ほどだったのに、結局は6人という大人数で行く事になった。
『クルサー・リッリエイ』という名の孤児院。
クルサー・リッリエイとはカンボジアの公用語、クメール語で
『幸せな家族』 子供たちが決めた名前だという事です。
自転車4台に2ケツしてみんなで移動…
なかなか入り口が見つからないも、たうめうさんが門を見つけてみんなを誘導してくれた。
実はもっと妨害に会うと思っていました。
なぜならこのクルサーリッリエイは大きな問題を抱えていたからです。
オーストラリアの某NGO団体が利益の為にこの孤児院を我が物にしようとしていたからです。
時には孤児院の電気を止め、水を止め、子供達を苦しめ、
子供達が母と慕うトーラエムさんを引き離そうとしたのです。
今ではひどい妨害は無いようだけれど、姑息な妨害はあると聞いていたんです。
それでも無事に孤児院へ辿り着いた。
俺たちが尋ねた時には、子供達は全部で48人。
中へ入るとすでに3人の日本人が子供たちに日本語を教えていた。
1人は顔を合わせたことがある…
俺たちの泊まってた宿の食堂に来ていたオガさんだった。
もう数日クルサーリッリエイに通っていると言っていた。
彼は次の日でカンボジアを離れる…
離れた後に来てくれる日本人がいてよかったともと言っていた。
俺は残れないが、他の5人は日数は違えども残れる子が多かったからだ。
彼は堪能な英語力で高校生ぐらいの子に教えていました。
教えられる子供達も、英語力は俺よりずっと上だった。
彼から色々と話を聞きましたが、その中で心に色濃く残っている事があります。
その時にもいた6歳くらいの女の子の話だったんだけれど・・・
その子がある日、紙いっぱいに人の絵を書いたんだそうです。
その絵を持っていてくれとオガさんに手渡すと女の子は、
持っているペンで、ズブッズブッと、絵を突き刺しまくったそうです。
なんかしら、人に対しての憎悪があるのだろうか・・・
孤児院の子供達はいろいろな理由で親がいない。
カンボジアの内戦・ポルポトの虐殺・今も尚残る地雷などで親を失う。
親に売られる、捨てられる。
彼女の親がどうなったかは知らないけれど、ここの子供達はみんな傷を持っている。
オガさんがその時に教えていた中学生くらいの女の子はすごく優秀で、
俺たちが帰った後でまた勉強するんだと言っていた。
そして日本人を好きだと言ってくれていた。
やっぱりその時いた男の子は、将来日本に行って働きたいと言っていた。
きっと俺には何も出来ないでしょう。
してやれる事なんて何もないし、救ってあげることもできない。
だからせめてできる事はしようと。
クルサーリッリエイだけではなく、孤児院というものは無い方がいい。
子供は親の愛に包まれて暮らすものだから。
世界中の子供が親の愛に包まれながら暮らせたらどんなにイイコトだろう。
でもそれは不可能に近い現実でもあるでしょう。
それならこのクルサーリッリエイのように、旅行者が数珠繋ぎでも何かしてあげれれば、
そんなフリースクールのような孤児院が他にもいっぱいできたらいいと思います。
もしこれを読んでいる誰かがカンボジアに行く時は、クルサーリッリエイを尋ねてください。
子供達が日本語を教えてくれる人を待っています。
俺もまたいつか行きます。
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<以下、ホームページより抜粋>
クルサー・リッリエイ孤児院はカンボジアにある無数の孤児院の中でもきわめて例外的な存在です。
多くの孤児院が単に貧しい家庭の子供たちであるのに対し、クルサー・リッリエイの子供たちは両親はもとより、頼るべき親戚すらない真正の孤児です。
しかし、この子供たちはクルサー・リッリエイの中で心から「お母さん」と呼べる世話係の女性に出会い、その意味ではクルサー・リッリエイは孤児院を超えた孤児院なのです。
ところが、カンボジア政府からこの孤児院の運営を委託されたオーストラリアの某NGOは事もあろうにお母さんを追い出しを企て、子供たちを服従させるためにあらゆるライフラインを切断したのです。
NGOによるこの信じがたい人権侵害は今も続いていますが、このNGOの悪質な支援妨害にもかかわらず、子供たちを支援する輪は少しずつ確実に広がってきています。
●クルサー・リッリエイ孤児院 支援ホームページ
http://kruosarikriey.hp.infoseek.co.jp/